アタマから納入価格をカットされるならまだしも、取引停止を通告されたり、工場閉鎖で退職を余儀なくされた従業員たちにしてみれば、日産の改革が進めば進むほど、業績が向上すればするほど、ゴーンが男になればなるほど複雑な思いが募るのは当然であろう。
そうなることもゴーンは百も承知している。
だから彼はNRPを発表した九九年十月、内外の多くの記者を前に次のことばを述べている。
「どれほど多くの努力や痛み、犠牲が必要になってくるか、私にも痛いほどよくわかります。
しかし、日産にはもうほかには選択肢がないのです」いま小泉内閣が国民に向かってしきりに「改革の痛み」を訴えているけれど、これを日本で最初に訴えたのはゴーンであった。
ゴーンは時折たどたどしい日本語至父えながら、その後もことあるごとに「痛みと犠牲」について自身の胸も痛いのだと訴え続けてきた。
そういうことがあるからだろうか、二〇〇〇年度の決算が過去最高の利益を計上したのにもかかわらず、終始ゴーンが得意満面であったわけではなく、いっそう手綱をひき締めるような発言をしている。
「現在の日産はようやく緊急救命室から回復室へ移った段階であり、まだ一般の病棟へ移れる状況には至っておりません。
山登りにたとえて言えば、やっと一合目を登りきったに過ぎないのです」と謙虚なところを見せ、けっして顎をしやくってみせるようなシーンはなかった。
過去最高益をもたらしたリバイバルプランの進捗それにしても日産の急な業績回復を数字上で見てみると、NRP初年度の一年で約一兆円を改善したことになる。
九九年度決算が、過去の悪いウミを全部つまみ出したせいもあって大赤字になったが、それにしてもいったいこれほど莫大な数字の改善がどこからひねり出されたのか、そこがぜひ知りたいところである。
別表のNRP進捗状況を見ていただきたい。
これがゴーンの言う「努力、痛み、犠牲」によって生まれた改善の内訳である。
これを見ればわかるように、NRPはすべての項目について目標を達成し、初年度としての滑り出しは上々である。
中にはすでに二〇〇二年の目標に到達したものもある。
それでいてゴーンは日産を一般病棟へ移すのは早すぎると言い、頂上をめざすのにはまだ一合目をやっと過ぎたところだと言う。
その口ぶりからは、まだ多くの試練をのりこえていく覚悟が必要だと、社内の士気がゆるまないよう引き締めの決意が伝わってくる。
別表には掲載されていないが、二〇〇〇年度に日産が売却した資産の総額は三四一〇億円となっている。
その内訳の主なものとしては都内・荻窪にあった事業用地、宇宙開発技術をはじめとする各種事業部門(非自動車部門)、保有株式の売却などがあげられる。
とくに保有株式の売却で目立つのが、日立との株式持ち合いを解消したことと、興銀および富士といったメイン銀行株を大量に売却したことである。
興銀、富士という「みずほ」グループの保有株式は約四割をすでに手離しており、両メイン行との緊密度にも従来ほどの濃さがなくなりつつある。
さらにつけ加えると富士重工株も全株をGMに売却し、同社が日産グループの一員から外資の傘下に入ったことがあげこれら資産売却のやり方ひとつにしても、日本人のトップであったらそこまで踏み込んでいけたかどうか、ゴーンだからできたのではないかという気がしてならない。
次にゴーン得意の購買費カットは、初年度が八%削減という目標であったのに対し、それを上回る一一%の削減を実現している。
これを金額に換算すると実に二八七〇億円になる。
これは日産の努力というよりも、むしろ多くの人たちに痛みと犠牲を強いたことで授かった貴重な大金であることを、関係者はけっして忘れてはなるまい。
いずれにしても日産の体力が戻りつつあるのは間違いない。
九九年にルノーから受け入れた約六四〇〇億円の資本、そして二〇〇〇年度に資産を売却して得た三四一〇億円か、有利子負債の減少など体力増進に寄与しているのは疑いようもない。
しかし自動車メーカーの本業はクルマを一台でも多く生産販売し、それによって利益をあげることが真にあるべき姿であろう。
その点から言えば、日産のリバイバルはまだ道半ばどころか、ゴーンが言うように山の一合目をやっと登り終えた状況というのは、けっして厳しすぎる見方とは言えないだろう。
どうした?意気が上がらない国内販売二〇〇〇年度決算発表後の記者会見でゴーンは、過去一年をふり返って総合的に自己採点を披露した。
「業績の改善だけならAだが、ほかはトヨタや本田に比べてまだ水準が低くB評価と言わざるを得ない」ここで言うBとは三段階評価のBなのか、それとも五段階評価でみたのか、そこまではわかっていないが、少なくとも二〇〇〇年度の国内における新車販売の実績だけを見てみると、自分にきびしいゴーンにしてはBという自己評価では甘すぎると思う。
日産が退院はおろか、一般病棟へすら移れないと自ら言うように、問題は国内新車販売が不振であり、それが病状回復の足をひっぱっている。
販売現場が売れるクルマが発売されるのを沈黙して待っているならまだしも、意気消沈しているように見えてならない。
日産が数十年もの間、業界で第二位に安住していたことはすでに述べた。
一位と二位が市場の七割を抑えるほど強すぎて、三位と四位のいない状況が長いあいだ続いた。
あと五位以下はみんなドングリの背くらべであったとも書いた。
ところが五位グループから急にとび出したのが本田である。
あっという間に本田は日産の地位を脅かすまでに迫ってきた。
九七年と九八年のそれぞれ十一月と十二月、新車の販売台数で本田が日産を抜いたことがある。
そのときは本田がガムシャラに無理な販売をしているぞ、という様子がうかがえた。
しかし今から思えばそれも本田の戦術だったのではないかと、そんな気がしてくる。
「ためしに眠りこけているナンバー2のしっぽを踏みつけてみろ。
ナンバー2が目を覚まして咬みついてくるかどうか、いいからやってみろ」若くて元気な本田はこうして業界二位の座を奪い取る作戦にでた。
老いた日産が居眠りしていたわけではないが、結局勢いのある本田に咬みついてはね返すだけの元気が日産にはなかったことになる。
ゴーン体制になった二〇〇〇年の一年間を通しても、ついに日産は二位の座を本田に奪われてしまった。
日産が国内で年間に売った台数が七二万九七三九台であるのに対し、軽自含みとはいえ本田は七六万五四二〇台を売った。
しかも対前年比でみても本田が八・四%増なのに対し、日産は五・七%のマイナスとなっている。
さらに意気消沈の日産を象徴するように、年度でみると一八%以下という過去最低のシェアに終わっている。
ゴーン体制下に入ってから以降、ブルーバードシルフィ、Xトレイル、シーマ、プリメーラ、スカイラインと、次々に主力モデルの新型車が登場している。
にもかかわらず、全体的に今ひとつ盛り上がりが伝わってこないのはどうしたことか。
世間ではゴーンのことを「改革派の象徴」としてもてはやしている。
この国の総理までが改革の極意をゴーンに学ぼうとしているほどだ。
それに加えて業績のV宇型急回復のことが先行して大きく報道され、さも一般の目には日産に日が射し始めたような印象を強く与えている。
いちど傷ついたブランドに信頼をとり戻す観点からも、日産にまつわる明るいニュースが多く出てくることは結構なことだ。

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